磯山晶
日本の女性プロデューサー、元漫画家 (1967-)
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要点まとめ
- 磯山 晶 (いそやま あき、女性、1967年10月7日 - )は、日本のテレビプロデューサー、映画プロデューサー、元漫画家。
- 小泉すみれ (こいずみ すみれ)のペンネームで漫画家として活動したことがある。
- 略歴 生い立ち 小学生のとき、大手中学受験塾である四谷大塚に通っていた。
- フェリス女学院高等学校、上智大学文学部新聞学科卒業。
- 画家になりたいとも考えていたが、「安定を求めて」一般大学への進学を決め、推薦入試で上智大学文学部新聞学科へ進学した。
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Source summary
Wikipedia磯山 晶(いそやま あき、女性、1967年10月7日 - )は、日本のテレビプロデューサー、映画プロデューサー、元漫画家。元TBSテレビ編成局編成部ドラマ担当部長。東京都出身。小泉すみれ(こいずみ すみれ)のペンネームで漫画家として活動したことがある。2024年にTBSを退社し、同年7月、株式会社a.i(エードットアイ)を設立。
小学生のとき、大手中学受験塾である四谷大塚に通っていた。このことが後に『四谷くんと大塚くん/天才少年探偵登場の巻』をプロデュースするきっかけのひとつとなった。フェリス女学院高等学校、上智大学文学部新聞学科卒業。高校在学中は美術部に所属し、漫画で賞も受賞。画家になりたいとも考えていたが、「安定を求めて」一般大学への進学を決め、推薦入試で上智大学文学部新聞学科へ進学した。大学在学中には、篠山紀信撮影の「女子大生シリーズ」で『週刊朝日』の表紙を飾ったことがある。
大学卒業後、1990年TBSテレビ(当時は東京放送)に入社、制作一部に配属となる。同期には、磯山と同じくドラマ担当プロデューサーの植田博樹や、アナウンサーとして活躍し、プライベートでも交流のある渡辺真理がいる。テレビドラマのADを務めていたが、途中病気でダウンしてしまい、『クイズダービー』のADに異動。制作一部に復帰後、八木康夫の下でAPを務めたのち『キャンパスノート』(1996年)でプロデューサーとしてデビューする。以後、数多くの作品をプロデュースしている。ドラマ脚本家としての宮藤官九郎と組むことが多く、『池袋ウエストゲートパーク』以降、『木更津キャッツアイ』『マンハッタンラブストーリー』など数多くのオリジナルドラマを共に生み出している。2006年3月、日本女性放送者懇談会の「放送ウーマン賞2005」を受賞した。2016年からは、編成部所属として、テレビドラマの編成に関わる。『俺の家の話』で2021年度芸術選奨文部科学大臣賞放送部門を受賞した。既婚者で、夫もTBS社員である。2024年に退社してフリーになることが発表された。
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